© 2017. All Rights Reserved.
by Mail万代地域コミュニティ協議会
 当サイトはパララックスデザインのOUTLINEのテンプレートを使用しています。
 当サイトは  StarServerFree  のサーバーを使用しています。スマートフォン表示の場合は広告が挿入されます。

◆ コミュニティ協議会とは・・・

 コミュニティ協議会(以下、コミ協)は、1969年政府の国民生活審議会報告で 「コミュニティ生活の場における人間性の回復」が出されてから、71年にモデル地区、83年には推進地区、 90年にコミュニティ活動活性化地区が全国展開で作られ、国の施策として推進されてきました。
 全国的にみれば、区域は自治会単位の小さいものから、自治体単位の大きい組織もあります。 コミ協の事業内容も、まつり・福祉・健全育成\環境などを取り組む総合型から、 防災に特化したテーマ型など、いろいろ見られます。
 新潟市では政令指定都市となった3年前に小学校区を単位として制定されました。中央区には22のコミ協があり、 統合したばかりの新潟・礎と万代・長嶺はそれぞれ独立したコミ協で設立されました。

◆ 手に手をとりあうまちづくり

 万代地域コミュニティ協議会 会長:丸田喜也
   

 万代地域コミュニティ協議会に加入されている自治町内会並びに構成団体のみなさま方には、 常日頃当協議会の運営にご理解とご協力をいただき御礼申し上げます。
 この度の総会において30年度も引き続き現役員体制で活動していくことが承認されました。 地域の問題を解決すべく新年度も役員一同、一層団結して活動していきたいと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。
 犯罪に巻き込まれない為に西区での悲惨な事件を「他山の石」と思わず、この地域でも予期せぬことが起こるかもしれません。
 子供たちの見守りや気配り、例えば外出時、買い物や散歩時など注意を払っていただきたい。
 また高齢者や独居老人を狙った特殊詐欺の記事が毎日のように載っていますが、高齢化が進むなか、家庭に帰れない人の増加に伴い、 地域での助け合いがますます重要になってきています。
 住み慣れた地域で暮らしたいという住民の願いを叶えるためには、弱まりつつあるつながりを考え直す事が必要だと思われます。

行事・活動日程表

コミ協だより

万代地域コミュニティ協議会では、活動記録としてコミ協だより「万代の風」 (旧名「おーいどんげだね」(No.21号より改名))を発行しています。
バックナンバーからご覧ください。
閲覧にはが必要です。 「おーいどんげだね」No.3-13号ならびに、15-32号までは新潟市中央区のリンクにとびます。

◇ 防災の取り組み

(万代コミ協だより 2号「防災号」より抜粋)

◆ 災害時の情報確保の手段を!

災害情報マップ~Google提供

 右上の[概要・レイヤ・凡例]の⩔をクリックすると、「災害情報マップ」タブが下がります。
[レイヤ]で各種情報を表示できます。

「避難所情報」であれば、=避難所、=避難場所などの情報が表示されます。([凡例]で確認ください。)

「東日本-公衆電話・・・」であれば、📞災害用の電話や緊急電話が掛けられる公衆電話を表示できます。

◆ わが地域の津波浸水予想

東日本大震災で発生した津波が大きく想定を越えましたので、県や市は来年(2012)に予想図の見直し、修整を行う予定です。
今公表されている最新の津波予想図です。
(想定 新潟県南西沖、粟島付近、佐渡北方沖の地震の3地震を想定地震として、津波の浸水予想です。(地震を予知したものではありません))
万代地域コミュニティ協議会の地域は津波等に弱い地域であることがわかります。
新潟地区浸水実績図(新潟市ハザードマップより関係地域抜粋)
北陸の液状化しやすさマップ(国交省北陸地方整備局作製マップより関係地域抜粋)
道路冠水想定箇所(新潟市ハザードマップより関係地域抜粋)

場所 付近 冠水の恐れ
1:国道7号 柳都大橋万代島側上りランプ部 ランプとR113擦付け部 80cm以上の冠水の恐れあり
398:国道7号 栗ノ木BP JRアンダー部 80cm以上の冠水の恐れあり
4:国道7号 万代クロッシング部 クロッシング内 80cm以上の冠水の恐れあり

  道路管理者名:
  新潟国道事務所:025-244-2159
  新潟維持出張所:025-244-3483

新潟市浸水ハザードマップ(新潟市ハザードマップより関係地域抜粋)
上から信濃川氾濫時、阿賀野川氾濫時、新栗ノ木川・通船川氾濫時

◆ 地域内避難所一覧

=万代地域内避難所。=近隣避難所

◆ 災害時の連絡手段は

● 災害伝言ダイヤル 171
 災害発生時は、電話回線がパンクしてつながりにくくなります。地震発生時などには「171」を利用する方がいいでしょう。

 ● 公衆電話は一般電話よりも災害に強い
 一般電話は災害発生時には制限されるためつながりにくくなります。長期にわたる停電の場合には、無料で使用できる場合もあります。

 ● 携帯メールを利用する
 災害時に中継アンテナの破損等により、つながりにくくなるのは携帯電話も同じですが、災害時は携帯メールで連絡を取り合うと大変便利です。
 通話は制限されますが、メールのデータ通信量は規制されていません。携帯にはアドレス帳機能もあります。知人の緊急連絡先などを確認することは容易です。

 ● 災害時の大事な情報ツールとなるのが携帯電話です。
 電池切れにならないよう追加バッテリーなども常に携行して電池切れには十分注意しましょう。災害時の携帯用品として、携帯の充電機器を持参しましょう。  電池タイプのものでなく、手動式充電タイプのものが便利ですどうしても家族や知人と連絡がつかない場合は、自宅や指定避難所へ直接行ってみるといいでしょう。

◆ にいがた防災メール

 新潟市では防災メールの活用を呼びかけています。
 以下は危機管理防災課のホームページから転載しました。よく確認されてご利用ください。
 にいがた防災メールの利用について
 にいがた防災メール利用者登録  

にいがた防災メールで発信される情報
 (1) 避難情報(避難準備情報、避難勧告及び避難指示)
 (2) 災害等に関して緊急に配信する必要が認められる情報
 (3) 防災啓発に関する情報(月1回配信 テスト配信兼ねる)

◆ 津波だ!いざどこへ避難?

(万代コミ協だより 9号より抜粋)

◆ 今だから防災・・地域の方へ

 未曾有の災害をもたらした「東日本大震災」に襲われてから、2ヶ月が過ぎましたが、 空前の大津波が引き起こした災禍は今もなお各地に深い爪痕を刻んでいます。
 私たち中央方面隊万代分団(万代地区)のエリアは低地が多く、新潟地震で経験したように津波による被害は甚大なものとなります。  津波や地震時はどこへ逃げればよいか皆さんは知っていますか。それは指定避難所です。  万代地区は「万代長嶺小」「南万代小」「宮浦中」「万代市民会館」の4カ所です。一番近くの避難所の位置と最短経路は必ず覚えておきましょう。
 また、火災について、新潟市では昨年一年間で火災時に死亡された人数は8名でした。ところが今年に入り。  4月初めにかけ、14名が亡くなっており、4月に緊急出火防止対策として、防火広報を強化しました。火の元には十分注意をお願いいたします。
 つきましては、各方面からご案内のとおり、住宅用火災報知器の設置が5月末日迄となっておりますので、設置の程、よろしくお願いいたします。
 新潟市消防団中央方面隊 万代分団 分団長
(万代コミ協だより 4号「防災号」より抜粋)

◆ 消防団団員募集!

 

万代分団は25人で消防団としての活動を行っています。  火災だけではなく風水害・地震などの災害時の出動はもとより、火災予防の巡回広報など定期的な活動も行っています。  ほかに毎週日曜と水曜の2回、旧万代小学校グラウンドで7月のポンプ操法大会に向けた練習を行い、団員間の連携・連帯感を養っています。
 このように地域の防災リーダーとして、若さとバイタリティーのある方は、私たちと一緒に活動してみませんか。  入団を希望される方は、下記へご連絡ください。お待ちしています。
中央消防署 消防団係(電話 025-288-3119)まで
新潟市 中央消防署
消防団 中央方面隊
(万代コミ協だより 4号「防災号」より抜粋<H23.5.25発行>)

◆ 防火防犯防災連合会合同訓練

 

万代地域防火防犯防災連合会は、平成28年10月30日、  万代長嶺小学校体育館を利用して、災害等の避難訓練を行いました。
(万代コミ協だより 24号より抜粋)

もしもの時(火災・地震・災害随)    となり近所の助け合い      第8回総合防災訓練が  平成26年10月19日(日)万代長嶺小学校 万代地域コミニュティ協議会、15自治・町内会の住民 来賓、宮浦中学校の教員1名・生徒7名を含む202名の参加者にて実施されました。 。

“救命・応急手当を確認し習得する機会として”さまざまな訓練が実施されました。
① 初期消火訓練:消火器の取扱とバケツリレーによる初期消火訓練(みんなで声を掛け合いバケツリレー)
② 救出救護訓練:心肺蘇生方法とAEDの取扱実習(最近各所に設置されているAEDの取扱を靫えていただき、さあ実践)
③ 搬送訓練:応急担架の作り方と負傷者の搬出方法(物干し竿と毛布で応急担架を作り、自力で避難できない方を安全な場所へ)
④ 給食訓練;宮浦中学校の生徒さんたちも参加いただき、炊き出し実習(参加者全員が持ち帰り、試食していていただきました)
⑤ 新聞紙で作る簡易スリッパ:床の冷たい避難所や地震後の散乱したガラス破片から素足を守る(みんな楽しんで作っていました)
2014年11月22日発生の長野県北部地震白馬村では住民同士の助け合いによって、亡くなった人はゼロでした。住民連帯の重要性が再認識されました。

平成26年12月3日防災交流施設の視察研修
 長岡市山古志 やまこし復興交流館「おらたる」・語り部による講演・地震被害の記録展示
 見附市今町道の駅パティオ新潟・水害の記録展示
 三条市上須頃三条市水防学習館・水害の記録展示・水圧体験等

◆ 緊急医療情報キットについて

  福祉部会 副部長 本多功
 自宅で急に具合が悪くなり救急車呼ぶなど《もしものとき・・》のため、安全と安心を守る取り組みとして、コミ協・地区社協・民生委員・児童委員が主体となって緊急情報の活用支援事業を始めました。
 安心して暮らせる地域づくりのため、高齢者(75才以上の一人暮らし・80才以上の世帯)を対象として配付しました。
 「緊急医療情報キット」は、救急及び緊急時に迅速な支援が行えるよう、かかりつけ医や緊急連絡先などの情報を入れた専用容器に入れ、自宅の冷蔵庫に保管し、消防署との協力で、 その情報を緊急医療こ生かすものです。なお、今後についても継続して進めたいと考えております。
★ かかりつけ医や緊急連絡先を書いて冷蔵庫に保管してください!

◆ 新しい津波浸水想定が発表されました(H30.11.04)

 中央区だよりより、津波浸水想定図が発表されました。また宮浦中学校校区周辺の浸水想定図が示されましたので 転載させていただきました。
 
 新潟市緊急災害情報のページ
(平成30年11月4日発行 中央区だより 関係箇所抜粋)

◇ 地域との連携

◆ 民生委員児童委員

民生委員児童委員協議会
 万代長嶺地区会長 本多 功
 一、民生委員とは、

 民生委員とは、民生委員法に基づき、社会奉仕の精神で、住民の相談に応じ、必要な援助を行い、社会福祉の増進に努めることを任務として、市町村に配置されている民間の奉仕者です。

 二、民生委員の嘱託

 県知事または市長の推薦により、厚生労働大臣が委嘱します。任期は3年(ちなみに平成22年12月に一斉改選がありました)万代長嶺地区は22名(平成23年時点)です。

 三、主な活動内容

 ※友愛訪問事業:見守りが必要な一人暮らしの高齢者(原則70歳以上)などを、定期的に訪問し、乳酸菌飲料等を持参して声かけを行い、年末にはおせち料理を届けています。
 
 さまざまなボランティア活動に参加、地域の方々と一緒になって、地域を見守っています。コミュニティの皆様のご協力をお願いします。
 全国民生委員児童委員連合会

◆ 保護司会

 保護司法の第一条には、保護司の使命が次のように掲げられています。
 「保護司は、社会奉仕の精神をもつて、犯罪をした者の改善及び更生を助けるとともに、犯罪の予防のため世論の啓発に努め、もつて地域社会の浄化をはかり、個人及び公共の福祉に寄与することを、その使命とする」。
 この使命を果たすため、保護司は、具体的には次のような諸活動に従事しています。
● 保護観察
 犯罪や非行をした人たちと定期的に面接を行い、更生を図るための約束事(遵守事項)を守るよう指導するとともに、生活上の助言や就労の手助け等を行います。

● 生活環境の調整
 少年院や刑務所に収容されている人が、釈放後にスムーズに社会復帰できるよう、釈放後の帰住予定地の調査、引受人との話合い等を行い、必要な受け入れ態勢を整えます。

● 犯罪予防活動
 犯罪や非行を未然に防ぐとともに、罪を犯した人の更生について理解を深めるために、世論の啓発や地域社会の浄化に努めるものです。 毎年7月は、"社会を明るくする運動"強調月間として、講演会、シンポジウム、ワークショップ、スポーツ大会等様々な活動が展開されています。

マスコットキャラクター「ほご」ちゃん


更生保護ネットワーク

◆ 社会福祉協議会

 社会福祉協議会は、地域福祉の推進を図ることを目的とする団体。略して社協と称されています。
全国、都道府県、特別区、政令指定都市(行政区=地区)、市町村単位で組織されている。基本的には社会福祉法人格を持つこととなっています。
民間団体ではありますが、社会福祉法に定められ、行政区分ごとに組織された団体であり、運営資金の多くが行政機関の予算措置によるものであるため、 「公私共同」「半官半民」で運営されていて、民間と公的機関・組織の両面のメリットを生かした事業を展開しています。市町村単位では、 行政の委託事業や福祉・介護サービス事業、障害者など要援護者の生活相談事業を展開しています。

  社会福祉法人 新潟市社会福祉協議会

◆ 地域と学校パートナーシップ事業

 新潟市は、平成18年3月、本市の教育が目指す方向とあり方を明確にするために「教育ビジョン」を策定しました。
 教育ビジョンでは、「学・社・民の融合」の考え方を根幹に据え、人や自然を大切にする豊かな心を持ち、自分に自信を持って将来の夢や目標に向かって挑戦する子どもを育てるとともに、  生涯にわたって学び続けることのできる新潟市民の姿を目指しています。「学」は学校、「社」は公民館や図書館などの社会教育施設、「民」は地域住民、家庭、地域の諸団体や企業です。
 学・社・民のそれぞれが役割を果たし、一体となって教育活動を進め「融合する」ことで大きな力を発揮されるという考えのもと「人づくり、地域づくり、学校づくり」を推進しています。
 「学・社・民の融合による教育」を推進するための中核となるのが、平成19年度から開始した「地域と学校パートナーシップ事業」です。  本年度、市立のすべての小・中・中等教育・特別支援学校166校で、本事業を実施しています。

  当万代地域では、万代長嶺小学校の地域教育コーディネーターとして塩田美幸氏より活動いただいています。

新潟市 地域と学校パートナーシップ事業

◆ 万代太鼓「和童」

 響けいつまでも万代太鼓-

 この地域の万代太鼓は昭和48年、万代小学校万代太鼓部としてスタートいたしました。それから40年、現任は地域活動団体「和童」として万代長嶺小学校を拠点として活動をしています。
 万代小学校万代太鼓部時代に友好使節団として2度の訪中を経験したことや「和童」となってからも変わらす数多くの演奏の機会をいただいてきた事は私たちにとって輝かしい歴史であり、  誇らしい伝統であると考えています。
 このように思えるのもこの地域でこども万代太鼓を熱く応援し、支えてくださる方が多かったからに外なりません。この機会に改めて深く感謝いたします。
 「和童」は地域活動団体となり12年目に入りました。学校の部活動から地域活動となり、引き継いだ当初は私自身右も左も分からず、学校からいただいた資料を繰り返し読み、  演奏曲目を覚え、また部活動時代に顧問をしてくださった先生方や地域の先輩方にお話を闘きに回ったりと、ただただ「和童」の活動のために必死で動き回っていたことが今では懐かしく思い出されます。
私にとって幸運だったなと思うことは、この地域で育ち、子供たろの先輩であり、万代太鼓に並々ならぬ熱い想いを持った青年(現任は万代太鼓華龍代表 田村佑介さん)と出会ったこと、 そして一緒になってのめりこんでくれるスタッフがいて温かく見守ってくださる地域の皆さまも大勢いてくださったこと、更にはいつも万代長嶺小学校PTAのご協力をいただけたこと、 つまり地域と学校そして保護者の皆様で創って下さった大きな輪のおかけで活動の幅も大きく広げることができました。
 その中で子供たちは「2002ワールドカップ」「萬代橋重要文化財指定」「万代長嶺小学校新校舎竣工記念式典」中央図書館「ぽんぽーと」開館、「万代長嶺小学校創立10周年」 「東新潟コミュニティセンター20周年」など多くの貴重な経験をさせていただきました。
 「和童」発足から12年目に入った現在、何人かの子供たちが青年となった今も太鼓を続け「和童青年部」として活動しています。
 田村先生の指導を手助けできるほど成長し、小学生の夏休み練習に毎日交代で指導に釆てくれました。このことも私が誇りに思う伝統と歴史そのものだと思っています。
 この地域で40年続いてきたこども万代太鼓は地域の文化であり、宝物です。地域に子供たちが少なくなる中、この宝を50年後、60年後も繋いでいけるような土台作りを目指してこれからも真剣に、 かつ楽しく活動してまいります。

万代太鼓「和童」

万代太鼓「華龍」

万代太鼓「飛龍会」

◇ 流作場探訪

◇ 玄的の青蛙

★☆★ 流作場伝説 玄的の青蛙 由緒
 当地、流作場は延享3年(1746年)に安倍玄的(あべげんとき)様が信濃川の島嶼(とうしょ)を開拓して住家15軒にて玄的村を開くに始まる。
 元来水損地のため、文化4~5年(1807~8)年、三度の大洪水に襲われ、壊滅的状況に至り廃村を決意した。
 しかし、その惨状の中で沢山の青蛙が力強く生きている姿に村人たちは発憤して自らを「玄的の青蛙」と呼び水と戦い、水と和して村を再建したと言い伝えられている。
 今日の繁栄は先祖たち「玄的の青蛙」の不屈の努力によってもたされた賜物である。
 当地に起業して、本年会社創業満70周年を迎える東和造船株式会社 代表取締役 五十嵐由之氏は、禍を福に替えた開拓者の功績を讃え、  この伝説を顕彰したく三社神社境内地に「玄的の青蛙」を奉納した。

◇ 川村修就奉行行列

新潟まつりの先導役

 天保14年(1843)6月川村修就は新潟奉行を拝命する。幕府は新潟を長岡藩から上知することに成功した。新潟幕府よる支配体制を固め、日本海側の防備を進めることが任務であった。 川村はその主要な任務だけでなく、新たに幕府領となった新潟町を支配するため、また街の治安を安定させるため、様々の制度を進めた。 それと共に以前から長岡藩のもとでずっと行われていた砂防林の造成を積極的に推し進めた,川村奉行行列は、新潟まつり江東地区実行委員会が実施し、 8月7日のまつり行列(現在は8月の第1(もしくは第2)土曜日に開催)の万代地区の先導役として重要な役割を担うまでになって、 すでに11年、地元でも歴史ある行事となった。新潟まつりは80万人の人出で賑わいました。

※ 川村修就(かわむらながたか)

 寛政7年(1795)~明治11年(1878)は、江戸時代の武士。文化13年(1816)、22歳で小十人格御庭番となる。天保10年(1839)御裏御門切手番に昇進。
 天保14年(1843)、長岡藩の領地であった新潟港が収公され天領となると、その初代新潟奉行として任命され、嘉永5年(1852)まで奉行の役目をつとめた。
 奉行として赴任後は新潟港の整備を進め、新潟港付近の木材伐採を禁じ、6年間で3万本の砂防林を植えたと言われている。
 その後は堺奉行、大坂町奉行と転進し、長崎奉行に就任。元治元年(1864)に高齢のため寄合となり、明治維新以降も東京にとどまって余生を送り、明治11年(1878)に84歳で没した。
 後年、川村家の子孫は、家に残った史料を、江戸時代のものは新潟市歴史博物館に、明治以降は江戸東京博物館にそれぞれ寄贈しており、新潟市歴史博物館には、修就の肖像画や、  修就が300両で明珍に作らせたという腹巻など、ゆかりの品々が所蔵されている。
 修就は当時の老中・水野忠邦の後ろ盾を得ており、そのため出世も順調であったという。
 幕府領になる前の新潟港は、唐物が安価で売られ、薩摩からの密貿易によって運ばれてきたのではないかという風聞が流れていた。 修就は真偽を確かめるべく、飴屋に扮して新潟に潜入し情報収集を行っていたと、孫にあたる川村清雄が証言している。

ニイガタタカラ.net

文化遺産オンライン

◇ 流作場の歴史

三社神社 宮司 大橋 毅

安倍玄的 頌徳碑(しょうとくひ)の建立を

 今日、万代・南万代地区という地域は、昭和43年新潟市施行の住居表示変更まで流作場といった。
 駅南プラーカより万代島朱鷺メッセ、万代町通り、万代シティを含む広い地域で、新潟駅・バスセンター・佐渡汽船など交通の要所を有している
 当地は昔信濃川に点在していた島嶼(とうしょ)で、長岡領「附寄島(つきよりじま)」といった。
 今を遡る270年前、延享3年、長岡藩の求めに応じ、安倍玄的(あべげんとき)翁が開発権利金2,750両を納めて83歳で入植した。
 はじめ9軒のち15軒を以て玄的村を形成、人口100名に満たない村民は難関を克服し長岡領越後国蒲原郡附寄島新田を作った。
 
 時代を経て、弘化2年、幕府領(天領)となり、流作場となった。
 幕末戊辰戦争を経験、さらに明治天皇東海北陸御巡幸の折、安倍邸は御休息所を勤めた。
 明治になり萬代橋架設、新潟駅の開設など発展の基礎ができた。
 安倍家歴代は地域の発展と児童の教育に尽力し、沼垂幼稚園の開園、また万代小学校の開校のため、その敷地を提供した。
 平成22年安倍家はその居を東京に移され元屋敷はなくなった。
 安倍家より貴重な歴史的碑文、古文書、絵図などは当地鎮守三社神社へ継承された。
 現在開拓の祖、安倍玄的翁の遺徳を顕彰するものは何もなく、今その頌徳碑の建立が望まれている。
 (万代コミ協だより 24号より抜粋)

流作場開拓と湊争訟

 越後守護上杉謙信時代三ケ津という蒲原、沼垂、新潟、三港があり阿賀野川、信濃川の港湾都市として共に栄えていた。然し、寛永8年(1631)大洪水により 阿賀野川と信濃川を通船する細流加茂屋堀りが決壊し阿賀、信濃両川の水戸口が一つとなって海に注いだ。
 此の為沼垂、蒲原両港は水流の変化による川欠けで次第に陸地が削られて港湾都市機能が著しく低下し蒲原港は衰微して終った。沼垂は機能回復のため延宝7年(1979)王瀬に掘割を開鑿した。
 此れに対して新潟町から異議が幕府へ提出されて訴訟となり延宝9年幕府は新潟町の勝訴とした。以来文政8年まで両者の間で七回の争いがあり此れを湊争訟と言う。
 元禄時代には信濃川に13の島嶼が形成されその帰属を廻り沼垂、新潟間で元禄10年争訟が起こり12年幕府評定所は新潟町の勝訴とし以後長岡領として新潟町に属した。
 此の無人の島嶼を「附寄島」と言った。
   延享3年(1746)長岡藩六代藩主牧野忠敬は藩財政建て直しのため開拓請負金2,750両を納める者に「附寄島」開拓の権利を与える事で公募した。
 此れに安倍玄的が応じた事に対して新潟町から藩庁へ開発中止の訴えが提出された。理由として川港の宿命で上流からの土砂が堆積し  船の水路が定まらず年々港の機能が低下する悩みがあり非常事態に至った時「附寄島」へ港湾都市機能の全てを移す計画があった。
 此れに対して貞享元年現在地に移転した沼垂町から異議が幕府評定所へ出された。それは附寄島が沼垂、蒲原の土地の川欠で出来た物であり沼垂に距離も近く  当然沼垂の物との訴えで此れを延享の争訟と言い延享4年新潟町の勝訴となり開拓が認められた。
 長岡藩は新潟町に十二ケ条の誓約書を示し開発人安倍玄的、近江屋曾平、寺山幸肋、中倉源兵衛、関川助市の五名を以って開拓を命じた。
 (万代コミ協だより 25号より抜粋)

流作場開拓と延享湊訴訟

 延享3年(1746)長岡藩六代藩主牧野宏敏は附寄島の開拓を計画した。此れに対して新潟町は藩へ開拓反対の異議を提出し、此れに絡んで新潟・沼垂の間に 「延享湊争訟」が起きた。新潟町の真諦労潟湊が川港の宿命として上流からの土砂の堆積、冬の強風に海から水戸口や川中へ押し上がる砂の影響で澪筋(航路) が変化する大きな問題があった。将来水利地形の変動で附寄島へ全町民が移住して新しく港を作る計画があり開拓に反対だった。
之に対して長岡藩から新潟町へ十二ケ条の約諾書が提示された。(全文は長く重要な条項のほかは要約する)
一、後年に至り港津に異常を生じ又は地域に変動在りたる場合は新田開発人を立ち退かしめこれを返還する。
五、島地の範囲において築堤又は川除け刎ねその他、港の支障となるべき一切工事は避けさせる。
八、附寄島新田開発の事に付き幕府の尋問又は新発田藩より交渉を受けたる場合は、領主が疎明に当たり町民に迷惑を及ぼさざるべし。
九、新潟に一敏一歩の田圃なきは已に公儀へ達しあるを以って、今次の新田開発は、新潟人之に加わるを許さず。(後略)以上の他に普請用の萱取り場、 土取り場を島地に設ける事、沼垂町との争訟の場合経費を藩が負担する、附寄島島民の支配は新潟町に任せ、租税収納は曽根代営所が行う、 島地移転の際は市街条坊区画も保障する等大きな譲歩をした約諾書を示し異議を撤回させた。
延享4年沼垂町から島の帰属と澪筋の境界に付いて異議が出て争訟となったが新潟町が勝訴した。
 開拓者安倍玄的と長岡藩の約定
一、後年(開拓後)新発田領民または他領民で一部の開発希望する時は長岡藩へ伺いを立てて之を決定する。新潟町民には絶対に許可を与えない章を原則とする。
二、新発田領(沼垂)から開発に付いて異議の申し立てがあった場合、領主の命令で行う事であるから長岡藩で責任を持って解決する事。
以上の約定により開拓に万全を期した。
 流作場が長い間水害に悩まされる状況に置かれたのは藩と新潟町の間で取り交わされた約諾書第五条により堤防を築く事、 水流を弱める刎ね杭を水辺に打つ事を禁じられた事が大きな要因となった。
   (万代コミ協だより 26号より抜粋)

流作場開拓者略伝

 流作場の開拓は延享3年長岡藩主牧野忠敬の藩財政建て直し策で「附寄島」開拓権利を地代金2,750両で与える公募をした。此れに安倍玄的、 近江屋曾平、寺山幸助、中倉源兵衛、関川助市連名で応じ認められた。

一、安倍玄的橘香方(白河領五泉町民)安倍家は奥州の名族安倍貞任を遠祖とし安倍茂助が山形より越後国に移住した。元和4年安倍善兵衛が 中蒲原郡新関村大字安倍新を開き代々庄屋を勤めた。白河領五泉に居住し屋号を「新津屋」と言う漢方医であった。玄的は寛文2年誕生、長じて漢方医と成り村松藩御殿医を勤め新田開発事業家でもあった。 西蒲巻町赤鏥、中之口村等で新田開発をした。延享3年85歳の高齢ながら地代金を納め「附寄島」の開拓に後継者三郎衛門、権太夫達と同年8月入植した。 寛延3年7月15日享年89歳で歿し第一次計画終了検地を受けた。(五泉は福島白河藩松平家飛び地領)
  一、近江屋曾平(新潟町民)近江屋は本姓宮川氏、先祖は宮川縫殿祐、其の出自は近江国宮川村で屋号を近江屋と言い慶長年代新潟浜村に移住。 慶長19年高田藩主松平忠輝の命で新潟町肝煎となり明治まで町役の要職を務めた名家。附寄島開拓は新潟町の存亡に関る一大事であり町老近江屋が工事の目付役として関わった。 然し、「近江屋曾平」の名は資料に無く時代的に五代目清左衛門が変名して町代表となり藩庁との交渉に当ったと考えられる。 新潟・沼垂間での争訴、安倍玄的との約定等もあり本名を名乗る事を憚った可能性がある。寛延2年「半蔵」と改名し10月13日病没。
一、寺山幸助(新潟町民)寺山幸助は長岡藩より拝領地(毘沙門島)を賜る長老格、町役人の家柄。附寄島開発に付いて金主取次ぎなどに助力して 其の功績を藩主に認められ開発地に3町歩の土地と当座の褒美金20両を拝領した。
一、中倉源兵衛(高橋村民)高橋村は西蒲原郡岩室村高橋、後の三根山藩。中倉源兵衛に付いて明らかな事跡は分らない。
一、関川助市(片桐村民)片桐村は現在の見附市片桐町で新発田藩分家池之端家の所領だった。関川助市の事跡は明らかでない。
 中倉、関川両者は新潟町とは関り無く開拓人安倍玄的が嘗て行なった新田開発に接点が感じられ本事業を保証支援する補佐役的存在であったと考えられる。
 (万代コミ協だより 27号より抜粋)

流作場開拓者略伝

流作場開拓と三社神社創建由来
流作場鎮守 三社神社
御鎮座地  新潟市中央区三和町一番一号
御 祭 神
大日孁貴ノ命(おおひるめむちのみこと)(伊勢神宮)
誉田別ノ命(ほむだわけのみこと) (八幡宮)
武甕槌ノ命(たけみかつちのみこと) (鹿島神宮)
 延享3年(1746)安倍玄的は開拓に先立ち島嶼「附寄島」を「日島」「月島」「星島」と三等分して15軒の入植者と共に開拓の鍬を入れた。  はじめ「日島」現在の三和町(旧居村町)の測量を行った。此の時延享4年(1747)4月26日開拓の成功と村の繁栄の守護神として一祠を建立した。  此の頃「附寄島」は公的に長岡領越後国蒲原郡附寄島新田と定まり、地籍は曽根組、戸籍は新潟町に属す「一村両制」と言う制度であった。  要するに年貢などは曽根代官所の管轄で、戸籍人別などは新潟町奉行所の支配下にあった。元禄12年新河田が島内に祀った弁天堂が在ったが新しく守護神を祀った。  新潟町船江神社の神主行田和泉正好の中取次ぎで伊勢神宮より御分霊を奉戴して小社を祀る事ができた。  此の神社を「附寄島大神宮」「附寄島神明宮」また玄的村の名により「玄的のお宮様」として崇敬され長岡藩主より数反の土地が奉納された。(のち水害で流失)  当初伊勢神宮の神様一柱を祀っていたが開拓凡そ60年後の文化年間はじめ三度の大洪水に見舞われ廃村の瀬戸際に立だされた。  然し、村民は村の再建を誓って文化14年8月(1817)八幡様と鹿島神宮の神を合祀して村の両建がなされた。  以来水害に遣いながらも村は年月を重ねて安定した村落経営が進み家数も増えていった。  開拓98年後の弘化元年(天保15年(1844))幕府の命により新潟町に次いで当地は上知されて幕府領になった。  村落の名も新潟浜村之内流作場新田と公認され所謂天領となった。従って神社名も「流作湯大神宮」「流作場神明宮」と改まったが玄的のお宮様と親しく呼ばれた。  やがて明治維新を迎えて一切が改変されて明治政府の神社行政により「神宮」号を禁ぜられ三社神社に改められて現任に至っている。  昔は村相撲や花火の打ち場げ、飴祭り、酒祭りと言われ大変賑やかであった。因みに宗門の事は村民全て新潟町の寺院に属し当地には明治まで一寺も無かった。
   (万代コミ協だより 28号より抜粋)

天領 流作場地名考

開発権利金2,750両
 江戸時代後期天明から天保年代に掛けて幕政の綱紀は緩み、大飢饉、自然災害、大火や外国船の出没で世相は不安で、幕府の財政は逼迫していた。  松平定信の突破の改革などが行われたが功を奏しなかった。
 天保5年老中になった水野忠邦は天保の改革を断行し、上知令(あげちれい)と奢侈禁止令(しゃしきんしれい)により、幕府財政回復と社会の綱紀粛正を図った。
 上知(上地)令とは国防を理由に幕府領を江戸10里四万、大阪5里四方に集め全国に点在する幕府領地と大名、旗本領地の献上交換を図る政策だったが反対多く失敗した。
 親藩大名長岡牧野家の領地新潟浜村の上知が天保14年下賜された。その理由は外国船の出没が多い事、目的は港で得られる莫大な税収であった。
 背景として天保6年・11年の二度新潟町で唐物抜荷事件があった。特に天保11年の時、幕府勘定吟味役川村清兵衛が隠密として新潟町で詳細に探索した。
 長岡藩はこうした事情から上知を断れなかった。
 天保14年9月28日川村は新潟奉行として赴任し、町役検断達を集め自分が江戸屋と言う飴売りで新潟町に住んでいた事を告げ皆を驚かせたと言う。
 次いで新潟浜村の内、寄居村と附寄島を検分し、天保15年(弘化元年)12月28日両地共に幕府所領(天領)となった。当時附寄島は家数40戸、人口380人であった。
 弘化3年地名を「肩書き新潟浜村の内越後国蒲原郡流作場新田」と公称し附寄島の名は消えた。
 開拓以来100年、庄屋阿倍家九世安倍誘五郎と庄屋見習い息子誘之助は其の職を解かれ、新潟町検断塩屋(松村)久蔵が流作場の庄屋を兼帯し、百姓組頭は渡浜甚助より、当村木山太右ヱ門に代わった。
 長岡藩より幕府所領と代わり、此れ迄の支配体制の変化を知らしめ、安倍家の特権を削ぐ事になった。
 遠祖安倍玄的翁が、開発権利金2,750両 (現在、2億7,500万円)を藩に納め、開村した労苦を思えば情の薄い政治の冷厳さを思い知らされる。
 因みに上知出来たのは全国で長岡藩だけであった。    (万代コミ協だより 29号より抜粋)

流作揚と戊辰戦争

 慶應3年(1867)10月14日第15代将軍徳川慶喜は朝廷へ大政を奉還し徳川時代は幕を下ろした。  然し、対立する旧幕府方(東軍)と朝廷方(西軍)は慶應4年戊辰(ぼしん)1月3日京都鳥羽伏見で交戦し以後北越戦争、会津戦争と続き明治2年5月18日函館戦争で終結を迎えた戦を干支に因み「戊辰戦争」と言った。
 新潟は慶應4年7月25日から29日まで戦場になった。25日早朝太夫浜に官軍の軍艦6隻が現れ4隻から600名の兵士が上陸して新潟方面に進軍した。
 此れに対して新潟を統治していた米沢藩の兵200名と「奥羽越列藩同盟」に与する新発田藩兵200名が本所村光桂寺に出陣して阿賀野川西岸に防塁を築いた。
 7月26日官軍600名は松ケ崎より2隊に分かれて阿賀野川下流を渡河して米沢、新発田の陣地を銃撃した。
 新発田藩は官軍に内通し殆ど抵抗せすまた、偽情報を流し米沢軍の撤退を謀り官軍の道案内までした。
 官軍の追撃に米沢兵は上木戸、山木戸、竹尾で犠牲者を出し沼垂へ敗走し流作場を経て新潟町に陣を敷いた。
 官軍は午後8時頃沼垂へ到着したが既に銃撃戦の真最中で直ちに新潟須崎番所と流作場に新発田藩の徴兵隊により一塁を築き薩摩、長州、芸州、新発田兵達は対岸の東北軍へ27日に掛けて夜通し猛烈な銃撃戦を展開した。
 また、新発田藩の大砲一門を据えて砲撃した。官軍は29日午前2時沿岸に待機する軍艦より艦砲射撃を加え陸軍は同時に繰り出し信濃川渡河に成功した。流作場の一隊は朝、広小路に向け渡河して合流した。
 此の時官軍は新潟白山神社近くの民家へ火を放ち200軒余を焼く乱暴狼籍を働き官軍火事と町民に誹られた。
 この戦で東北軍は総崩れとなり戦争は終結して8月24日新潟町に正式に民生局が置かれた。東西両軍は地域で徴兵隊を編成した。
 流作場は天領で東軍に属し米沢藩の命令で村民の15歳から60歳までの男子全員竹槍隊を組織して沼垂の浄徳寺へ集合したが官軍の追撃速く出撃する事無く解散した。
 新発田藩徴兵隊は実戦に参加し、女池の新田半人翁が万代島での銃撃戦の凄まじさを物語っている。
 安倍九二造氏が勤皇家で750両を出して密かに武具武器を買い官軍に献納した事で官軍が駐屯した当地は天領にも関らず乱暴狼籍が無かったと言われている。
 然し、天領としてお咎めを受ける恐れありとして村総代本間家は天保9年の玄的村絵図一枚を残し開村以来の書類を全て焼却した。
 戦闘中安倍家の竹薮に砲弾が炸裂して一晩中燃え続けた事や銃撃戦中にお産が始まった家の事、村の犬が官軍の将校に吠え掛かり一刀のもと首を切り落とされた話が伝えられている。
 また、激戦の中関根家の灰小屋へ2人の米沢兵が逃げ込み砲弾2発を打ち込んだが不発であり戦後砲弾1発は持去った。
 残りの1発は同家に保存されて来たが当地開拓250年祭の折神社に奉納された。宮浦中学校校庭は昔悪水抜きの人工池で宮浦池があった。
 現代になり治水が整い池は埋め立てられ学校敷地となった。新潟大地震で傾いた校舎の復旧工事中に地中から畳半畳くらいの御影石にお題目が刻まれた石碑が見つかった。
 何物かを知る人無く調査の結果安倍九二造氏が戊辰戦争の犠牲者を悼み建立した慰霊牌であった。
 今は昔宮浦池のほとり草木茂る築山に建てられた碑は静かな寒村流作場が近代日本誕生の動乱期に戦場となった事の証を示すが今は知る人も無く既に150年の歳月流れて歴史の彼方の物語となった。
   (万代コミ協だより 30号より抜粋)

安倍邸「鳳趾閣(ふうしかく)」のこと

 鳳趾閣は当流作場の開祖安倍邸に明治十一年明治天皇が北陸東海御巡行の途次小休所とせられた安倍家の行在所(あんさいしょ)の名称である。
 慶応四年(一八六八)朝廷方・幕府方に分かれて戦った戊辰戦争は朝廷方が勝利して明治と改元し天皇親政の明治維新は成った。明治天皇は新しい国造りのため民情視察を行い民心の安定と日本国民の意識統一を図った。明治十一年五月二十三日(一八七八)太政官で北陸東海民情視察が決まり同日新潟県令永山盛輝に内示があった。天皇の御巡行には行在所を始め供奉者の宿舎、道中警護、道普請、橋普請、衛生管理その他付帯の事柄で多額の経費を要し国のみで賄い切れずその道中に関る県や民間の協力が必要であった。特に宿泊施設、休息所等は地域の旧家、地主、大商家、本陣、神社仏閣などが当てられた。安倍家も「御小休所(おこやすみしょ)」を勤める事になった。
 その行程は明治十一年八月三十日皇居を出発して北陸道、東海道を視察して同十一月九日皇居へ帰還と言う計画であった。八月三十日東京を出発し浦和、高崎、長野を経て九月十日新潟県へ入り九月十六日寺泊、弥彦、内野、赤塚を通り新潟へ到着。新潟町行在所白瀬成煕邸に宿泊され県庁舎、新潟学校、新潟裁判所、博物館などを三日間に亘り視察された。九月十九日午前七時白瀬邸を出発、新造の御座船に乗られ二十五人の船頭達が威儀を正し目出度い「お舟歌」を高唱しながら漕ぐ三艘の曳き船に曳かれて多数の供奉船と共に日本晴れの信濃川を渡り安倍家新設の桟橋に到着(午前八時頃か)安倍九二造の先導で二百メートルほど歩行され新設の行在所玉座に着き休息された。
 安倍家は当地の名産三吉梨一篭を献上し、村人達は家宝や盆栽、書画骨董を天覧に供した。安倍家は右大臣岩倉具視を始め供奉者一同へ梨六百貫余を贈った。供奉者総数ハ百三十人、乗馬は天皇の愛馬金華山号をはじめ百十六頭、写真師二名、クリーニング係り十四名、ほかに新聞記者々六名が随行していた。馬や馬車、輿の運搬と数多いお供の人達は前日より当地へ先乗りし分散して宿泊した。安倍家では厩、馬車、輿の格納庫を新設し更に沼垂へ向かう御成り道を新しく開鑿して古信濃川に王橋を新架した,安倍家の話に依れば天皇は午前十時半頃に馬車に乗り新発田へ出発された。開村以来の大慶事で有り近郷近在から御竜顔を拝すべく奉迎の人々は山をなした。特に衛生管理面で食事は随行の大膳職が調理するが水は処の物を使うので前もって数箇所の井戸の水質検査がなされ沼垂の老舗和菓子店桜井勘桂の井戸水が良質と決まり用いられた。
 戦前は天皇のご休憩所「鳳趾閣」は文部省が国の聖跡と定め毎年九月十九日を記念日として学童達が訪れ御座所を拝し安倍家からお菓子が振舞われた。
三社神社宮司 大橋 毅    (万代コミ協だより 32号より抜粋)

・・・・・And history is spun.

◇ 万代地域活動報告

所属自治会紹介

万代地域

 万代地域は、新潟駅を背にして、北側(萬代橋の架かる信濃川方面の下流域)に位置し、まさに新潟市の玄関口という地域です。 しかし都市過疎化の影響からか若い世代が少なく高齢化が進んでいるのが所属自治体共通の課題です。 だからこそ災害時の高齢者の避難誘導や住民同士の連携が必要となってきています。万代地域コミュニティ協議会は、 こういった対策を進めながら地域の安全と治安を守りつつ、住民同士が手を取り合って住みよい地域となるよう一丸となって活動しています。

花園1丁目

 新潟の表玄関でアクセスの拠点である新潟駅前を中心としたエリアです。社会情勢の変化で、空き地の目立った四十数年前と違い、 大規模ビル群やマンション、事業所、飲食店、ホテルや専門学校が多く共存しているエリアです。

天明町

 古信濃川に面し西側に広がる約400世帯を有する自治会。新潟市が合併により区政になる前の昭和43年に六つの町内会が合一した。 名称を天明町とし、1区~6区に再編されました。  町名の由来は天明年間(江戸時代1781-1789)の開拓に起源すると言われています。

 天明町自治会長 本間日吉
(昭和60年頃の自治会長)
 我が天明町は、昭和43年の発足である。当時、国の新住居表示の法に基づき、旧東天明町、西天明町、中天明町、西万代町、初生町、東万代町の一部が合併して新区割となり、 これに新しい町名を冠するに当り住民全部の投票により選ばれたものである。
 天明の由来は、歴史的には遠く江戸時代の天明年間(1780年頃)の開拓に起源するといわれ、又文学的にみれば、天明とは夜明けを意味し、これから昇る朝日の如く、 我が町内の将来も希望に満ちた、輝かしいものであって欲しいとの願いがこめられたものと思う。
 我が家の祖先の手に成る天保年間(1840年頃)の素朴な地図があるが、当時、この辺一帯の人家は僅か数軒にして、今日の発展に比すれば将に隔世の感がある。 私は過去の歴史と未来の願望を包含したこの町名が好きである。
 我が町内は、発足当時は約560世帯もあり、市内屈指の大町内であったが、その後のドーナツ化現象のため、現在は約470世帯(昭和60年時)である。
  (昭和60年7月「はぐくみ」から)

東万代町

 旧東万代町の一部と大和町、女学校前通りが合併した町です。町内に万代市民会館、万代長嶺小学校、 万代公園を有するため広い割りに世帯数が多くありません。

三和町

 信濃川右岸の流作場1番地から始まる三和町は以前、居村町と呼ばれて、流作場開墾の始まった地です。昭和30年の大合併により神明町、 天明町の一部と合併し三和町になりました。  昔から町内の半分は安倍山本立寺と安倍様のお屋敷で商店が一店もない静かな町でした。  最近になり東港線を挟んで万代島に超高層の朱鷺メッセや魚の卸売り場跡地にピア万代などができ、便利になった反面、治安の心配も出てきています。

神明町

 流作場地区の守護神三社神社が鎮座する古くからの地域です。商店はほとんどありません。自治会としては新潟市で一番最初に古紙回収をはじめました。 新聞社が取材に訪れたこともあり、爾来40年、真冬を除き毎月休むことなく続いています。

東大通り2丁目

 古くは現在の東映ホテルあたりに旧新潟駅があった頃、流作場踏切(たいやき甘太郎)周辺と、万代6丁目の一部、 東万代町の一部で万代3丁目町内会を形成、住居表示変更で再編、その後東大通り三叉路自治会と合併し東大通り2丁目自治会となりました。 一般住宅よりもマンションやアパート世帯が多いのが特徴です。

※ 万代コミ協たよりに掲載された自治会紹介文を再編集転載しました。

◇ 駅前パトロール当番表

・原則第3金曜です。
・パトロール時間 午後7:30~8:30(令和元年6月より30分早まりました)
・活動内容  客引きに対する啓発指導、清掃活動など
※ ご担当町内会は午後7時20分までに新潟駅「観光案内センター」(万代口バスターミナル脇)前に集合してください。
※ 2~3人でのご参加をお願いしております。
※ 上記の表は、前年の繰り越しで作成させていただきましたので、変更をご希望される自治会様は、変更希望月の自治会様とご協議の上、変更していただき、 変更内容をコミュニティ協議会 会長「丸田」までご連絡ください。
※ ご都合により参加いただけない場合は、コミュニティ協議会 会長「丸田」までご連絡ください。
※ パトロールが終了した自治会は、次月の自治会長へユニフォームをお渡しください。
※ 東大通1丁目自治会は、独自にパトロールを行っています。

新潟駅前地区健全化パトロール当番表
  平成31/令和元 令和02 令和03
1月 神明町自治会 三和町自治会 宮浦高耐自治会
2月 天明町自治会 神明町自治会 三和町自治会
3月 万代中央自治会 天明町自治会 神明町自治会
4月 万代6丁目自治会 万代中央自治会 天明町自治会
5月 東万代町自治会 万代6丁目自治会 万代中央自治会
6月 明石1丁目自治会 東万代町自治会 万代6丁目自治会
7月 花園1・2丁目自治会 明石1丁目自治会 東万代町自治会
8月 東大通2丁目自治会 花園1・2丁目自治会 明石1丁目自治会
9月 萬代橋町内会 東大通2丁目自治会 花園1・2丁目自治会
10月 宮浦自治会 萬代橋町内会 東大通2丁目自治会
11月 宮浦高耐自治会 宮浦自治会 萬代橋町内会
12月 歳末助け合い
お休み 三和町自治会 宮浦高耐自治会 宮浦自治会

◇ 地域活動の紹介

◆お茶の間ふれあいコンサート

町内イベント

お茶の間ふれあいコンサートが盛り上がりました
 天明町の人たちがたまにはコンサートヘ行きたいと思っても、リュートピアまで行くのが大変なんだという声を聞き、  それなら町内ヘコンサートを持ってこようという発想で「お茶の間ふれあいコンサート」を、天明町としては初めて、流作場西尊寺で9月29日に開催しました。
 当日は天候にも恵まれ、大勢の人から参加頂き、「小林組」による津軽三味線の迫力ある演奏をたっぷり楽しんで頂きました。
 これからも、天明町に住んでいて良かったと思える人を1人でも多く増やすことを目標に、色々な施策にチャレンジしていきたいと考えています。

◆歩け歩け健康ウォークin福島潟

 万代長嶺小学校区スポーツ振興会主催
   快晴に恵まれて


 6月2日(日)、万代長嶺小学校区スポーツ振興会主催の「歩け歩け健康ウォーク」in福島潟が開催されました。
 参加者は、大人・子ども合わせて85名の参加となりました。
 万代長嶺小学校を9時半に出発し新潟駅へ。白新線に乗車して豊栄駅に向かいます。2両編成のかわいい電車、我々でほぼ貸しきりです。
 降車するときは扉をボタンで開くなど、子供達は新しい体験に大喜び。
 豊栄駅に到着。いよいよウォーキングの始まりです。景色を楽しみながら街中を進みます。初夏の日差しは心地いいながらも、  ジワリと汗ばんでくるのがわかります。少し郊外に入りメタセコイアが立派に育ったメタセコ通りを進みます。広々とした通りが心を落ち着かせます。
葛塚小学校を曲がると、田園の景色へとあたりは景色が変わってきます。田園を歩くこと約5分、少し遠くにビュー福鳥潟が眼に入りました。 歩くスピードが心なしか速くなり目的地の菱風荘へ到着。約1時間のウォーキングでした。
 菱風荘では、スタッフの皆様が準備してくださった豚汁を振舞ってくださいました。少し疲れた体に温かい豚汁はとても癒されました。 食事のあとは、2時間半ほど自由時間を過ごしました。散策、ザリガニ釣り、おしゃベリ、昼寝・・・等、めいめい楽しみました。
 その後は、今日あった出来事など語らいながらウォーキングで帰り道・・・・とても充実した、いい一日でした。

◆餅つき大会は大賑わい

てんめい健幸交流会

 1月10日(土)天明会館で第1回「てんめい健幸交流会」がスタートしました。
 賑やかな「餅つき大会」に加え「骨密度検査・体組成訓検査」「健康体操教室」「健康相談と盛り沢山の内容でしたが、多くの方からご参加頂き大盛況でした。
 昨年新潟市が、高齢者を地域で支える活動のすそ野を広げることを目的に、「高齢者を地域で支えるモデル事業」を広く募集しました。
 天明町自治会としてこのモデル事業に応募したところ、中央区で決定した4件の中に天明町自治会も採択されました。
 自治会単独での採択は珍しく、コミュニテイ協議会やNPOからの応募が主でした。
 早速、天明町自治会の中にプロジェクトチームを作り、具体的な実施方法の検討を行い、作り上げた事業概要は、 専門家による「健康、生活相談」と「健康体操教室」を毎月一回、町内の集会所である天明会館で開催し、高齢者が住み慣れた地域で、 健康で暮らし続けるための手助けと、地域における交流とふれあいも図ろうと、少し欲張った「てんめい健幸交流会」でした。
 それに基づき、「健康、生活相談」の専門家と「健康体操教室」のインストラクターをさがしてお願いにあがったところ、 東大通り内科クリニック・りんご歯科医院・よしだカイロプラクティックの各院長さんと深谷しげのぶさんなど専門家の方から快くご承諾を頂きました。
 そして、体操教室のインストラクターは、新潟市のご協力を頂き、 NHKテレビでおなじみの長瀬圭子さんから講師をお引き受け頂きました。
 「てんめい健幸交流会」は、毎月第1土曜日(1月は第2土曜日)午後1時から、天明会館で開催しており、参加料は100円です。 天明町以外の方でも、ご興味がありましたら是非一度遊びに来てください。お待ちしております。

◆新潟終活大学

Art税理士法人 渡邉信子講師師から、最期について考えてみませんか。緩和ケア。自宅施設と病院の違い。愛する人たちとの別れ、 最期の時がきたら。みんなの気持ちは一つですか。生きていくノート(私編)などを夫婦で作成すべき、 遺言に生命保険を活用すること。分かり易く講義がありました。

◆おはよう朝ごはん

料理講習会の献立は、ビビンバ(肉とぜんまいの炒め物、ナムル、いり卵)・わかめとツナのスープ・りんごパフエ。食推さん、 参加者合わせて29名でした。
 2月28日於、万代長嶺小学校
調理、包丁さばきはなかなかテキパキしてました。予定時間内にみんなで早めの食事となりました。

◆中央区地域活動ふれあいの集い(平成24年度)

 地域コミュニティ協議会の活性化を推進するための活動紹介と、「自治会・町内会会長に感謝の集い」が同時に開催されました。
 2月4日新潟ユニゾンプラザにて行われ地域コミュニティ協議会の活動を紹介した活動記録DVDが上映され、各コミ協広報紙が展示されました。
 永年勤続被表彰者として、20年3名、10年20名でした。
 講演会は長谷川幸介(茨城大学社会連携センター准教授)氏による地域の力「これからの地域づくりに向けて」というテーマでした。
●人は独りでは生きられない
●四つの縁と無縁社会に立ち向かう。

◆新潟市消防出初式(平成24年度)

 1月11日 萬代橋下流において出初め式が行われました。柳都大橋側は風下のため水しぶきをかぶりながら撮影。
 萬代橋と柳都大橋、そして左岸、右岸は見物の人だかりでいっぱい。風の寒い日でした。

◆新潟まつり(平成25年度)

江東地区実行委員会
 8月5日万代町通り第1会揚にて新潟まつり、大民謡流し仮装コンテストが実施されました。川村奉行行列の皆さん、  萬代橋西詰にて整列第2会場はさぶ・かるFESTAのイベントとして、地元の方がフリーマーケット、路上パフォーマンスなど。第3会場は「アニメサブカルチャー」を実施しました。  賑わいの万代となりました。

◆Bandaiさぷ・かるFesta(平成25年度)

万代町通りに突如出現「異空間」

 8月5日「新潟まつり民謡流し」と同時に開催された前代未聞のこのイベント「Bandaiさぶ・かるFesta」は、地域をこえた多くの皆様より協力を頂き、事故もトラブルもなく終えることができまし た。紙面をお借りいたしまして感謝と御礼を申し上げます。
 さて、今回のイベントは「新潟まつり」民謡流しの参加団体が年々減少し、万代町通り商店街空洞化のストッブ。および祭りへの地域の無関心に歯止めをかけるべく計画いたしました。
 「Bandaiさぶ・かるFesta」は、万代町の庶民文化(sub-culture)と伝統文化 (Culture)の融合したお祭りの意味です。人がいない「お祭り」では意味がない。
 地域主導、参加型のお祭りにしたかったのですが、企画・発足からの時間が少なすぎました。テーマを絞り込み、地域外からの出展者を募り、 地域地元の人にも楽しんで頂けるように趣旨を力向転換し、今回のような形となりました。万代町通りに突如出現した「異空間」。
 聞き慣れない「痛車」「メイド」「アニメ」などの言葉の羅列に皆様はさぞ驚かれたと思います。これらの言葉は新潟とは無縁ではありません。
 新潟は全国に名だたる「アニメ王国」で、著名な漫画家を多数輩出し、サプカルチャーでは全国では有名です。第三ステージでは、そのアニメ(サプカルチャー)を切り□にイベントを企画計画しました。
 地元アイドルユニット「Pu-Love」さんや「Sunset Cafe」も出展していただき好評でした。また第ニステージでは、 地域間交流と伝統芸能を中心に万代市民会館の利用者団体(D-Soul)、和重青年部、万代長嶺小学校PTAの紹介、地域の方のフリーマーケット、バイクや車の展示などを行い、多数の方から見ていただくことができました。
「来年もやろてば」。万代地域のお祭りとして継続していけるよう、皆様の今後の協力をお願いいたします。

◆小学生と学ぶ萬代橋と信濃川(平成25年度)


 萬代橋町内会として昨年初の試みである万代長嶺小学校六年生の総合学習を、町内のみんなが万長小の生徒さんと触れ合いながら、 地域の観光資源である萬代橋と信濃川を学習し、総合学習の支援を実施しました。
 信濃川学習オリエンテーション(10月5日)支援協力団体顔合わせと学習合を実施し、講師として信濃川下流河川事務所様と音読集団、栗山靖子氏をお招きしました。
 ガイドについて学ぶ(10月12日)宮浦中学校生徒会観光ガイド委員会
 萬代橋ウォッチング(10月13日)萬代橋右岸にて「やすらぎ堤」探索、講師に国土交通省新潟国道事務所様と写真家:中村脩氏
 水上から見た景観、歴史の勉強(10月28日) ウォーターシャトルで講演をお願いし、講師として信濃川ウォターシャトルスタッフ、 新潟シティガイド:関克人氏、新潟観光カリスマ:なぐも友美氏
 地域の人たちの話(11月7日) 萬代橋と「信濃川の今と昔」座談会を行い、そのコーディネーターを萬代橋町内会の栗山靖子氏にお願いしました。
 校内発表会(11月16日) 新潟観光カリスマ、なぐも友美氏と音読集団の栗山靖子氏
 学習発表会(12月21日) 信濃川ウォーターシャトル内に町内会員も同乗して、六年生全員のガイド発表会
 萬代橋と信濃川、地域の今と昔、などの学習発表をしました,子どもたちの柔軟な考え方、日々成長をする子供たちにとって大いに学習成果があったといえます。
 また地域の人たちから語られる昔の話などは、同じく共感したものがあったと思います。新潟地震や水害の話、また昨年秋のタイ国の水害とも重ね合わせて、 貴重な体験や意見発表ができたと思いました。最終回での乗船発表は一人ひとりが元気よく発表でき、大いに意義深いものになりました。
 大人と学校の子どもたちが共同で学習出来たことは、地域の私たちもこれからの生涯学習の重要性を肌で感じる大きな体験となりました。
 学校の希望もありますので当町内としては今後もこういった学習機会を続けていきたい万長小の生徒さんたちと一緒に発表会をしました。
 またウォーターシャトル船から萬代橋をみんなでウォッチング!!

◆高齢初心者パソコン教室(平成25年度)

高齢初心者パソコン教室が11月26日宮浦中学校コンピューター教室で開催されました。ボランティアの人たちと宮浦中のパソコンクラブの熱心な指導でした。
   公民館、万代と長嶺コミ協の共催

◆地域のお宝

 旧万代小の一角に相馬御風の小学校校歌作詞記念碑玄関脇前庭にあります。
万代小学校校歌
万代を
 名に負い立てる学舎は
 いとも尊し
 いとも尊し
日に月に
 伸び行く芽生え
 吾等こそ
 楽しかりけれ
 楽しかりけれ
  作詞 相馬御風
  ※ 早稲田大学の校歌も相馬御風です。

◆三世代交流運動会(平成25年度)

 毎年恒例誰もが参加できる
   簡単な競技

 9月23日万代長嶺小学校に於いて三世代交流大運動会が開催されました。当日は、あいにくの雨模様で屋内(体育館)での開催となりましたが、  子供たちの元気な声と父兄の皆さんの元気に走り回る声が曇天の地域を明るく照らしてました。
 スポーツ振興会の皆様の準備、運営の手早さに感心しながら、拝見させていただきました。競技内容も9競技と盛り沢山。豪華(?)景品もあり、  子どもたちも大人も真剣に競技してました。競技終了後は万代太鼓和童の演奏、豚汁の配布もあり、元気に大満足の一日でした。

◆おはよう朝ごはん料理講習会(平成25年度)

 健康部会
 朝ごはんを食べないと・・・「脳はおひまに」。さてこの合い言葉はどんな意味でしょう。1:脳が不活発、2:排便減退、3:落ちつきなし、4:肥満、5:2回食では栄養不足、 食生活改善推進委員の方のミニ講座の説明をうけました。
 今日のメインメニューは”よこすかカレーと秋一番・さわやかフルーツサラダ”です。実習に入る前に、朝食をとらない子どもたちの食生活を改善するため、 「早寝、早起き、朝ごはん」の大切さを教わりました。コミ協健康部が万代地域と長嶺地域に参加を募り、9月15日学校家庭科室に集まった子供達と大人は総勢25人。
 講座の後”よこすかカレー、フルーツサラダ”の調理にとりかかりました。包丁さばきがちょっとこわい。
 でも手際よく元気いっぱい。出来上がったご飯とカレーの盛り付けはてんこ盛。さすがこたえました。
 子どもたちはあっという間に平らげ、なんということもない様子。いつも家でいい子で手伝ってくれればほんとに助かるのに。たのしいひとときてした。(^-^)

◆デイキャンプ(平成25年度)

  青少年部会
 夏休みに入ったすぐの日曜日、校区住民を含む90名以上の参加で紫雲寺公園「さえずりの里」で晴天の下、デイキャンブが行われました。子どもたちはアスレチックや芝生を飛び回り、 お昼にはコミ協役員が準備した豚汁をおいしくいただき、昼食後には全員参加のビンゴ大会で盛り上がり大変有意義な一日でした。

◆おはよう朝ご飯料理講習会(平成25年度)


健康部会
 平成26年2月25日(土)万代長嶺小学校家庭科室で東地区公民館・万代地域コミュニティ協議会・長嶺地域コミュニティ協議会・万代長嶺小学校PTA共催による料理講習会を行いました。 この料理講習会は子どもたちに朝ごはんを食べることの大切さを知ってもらいたいということで行っていますが、毎年、地域の皆さんにも参加していただいています。
 今回は、年長児から6年生まで幅広い年齢の子どもだちと保護者、地域の万など23名の参加をいただきました。献立は「ケーキ寿司」「ワカメの味噌汁」「フルーツのヨーグルト和え」。 どの班もみんな役割分担しながら和気あいあいと楽しそうに調理していました。ケーキ型の中から彩鮮やかなお寿司が出てくると、歓声が上がり、切り分けられたお皿に盛られると、 子供たちの顔が輝きました。
 みんなで作ったお料理をおいしくいただき、作ることの楽しさと、食べることの大切さを考えた料理講習会でした。
 


◆フロアカーリング教室が開かれました。(平成28年度)

平成29年6月24日 万代長嶺小学校体育館
 スポーツ振興会 フロアカーリング教室が開かれました。初めての経験ですがオリンピック選手のように投げられるかな。



◆平成29年総会が開かれました。(平成29年度)

平成29年6月23日 206号室 出席31名
 平成29年コミ協総会が開かれました。(コミ協総会前に防連総会も開かれました。) 平成28年度の事業報告と決算報告、新年度の事業計画と予算案、役員交代、規約改正等の審議が行われ、満場一致で可決されました。



◆蒲原まつりは雨模様。(平成29年度)

平成29年6月30日~7月2日 蒲原まつりが開かれました。
 宮浦中学校育成協議会で巡視活動を行いました。しかし雨の蒲原まつりと呼ばれているとおり、大雨になかなか巡視もはかどりませんでしたが、なんとか大きな事故もなく巡視を成し遂げられました。 巡視のお手伝いをいただいた、皆さんありがとうございました。



◆“ライフラインが途絶えたらどうしますか”(平成29年度)

防連主催
:田中稔子講師 平成29年7月1日
 “ライフラインが途絶えたらどうしますか”
 炊飯器がなくても深めの厚手鍋でご飯が炊けます。防災訓練の大事な一つ!!

◆旧和光ホテルに納骨堂問題。(平成29年度)

 平成29年7月18日 中央区東大通1、旧和光ホテルに西蒲区の宗教法人が納骨堂を建てる計画持ち上がり、地域で話題になっています。 コミ協では、監督官庁である新潟市保健衛生部から事情説明と経過報告会を開きました。

◆新潟まつりの準備。(平成29年度)

平成29年8月4日~6日に開かれる新潟まつりの提灯や紅白の鯨幕が万代町通りに飾られるようになりました。まつりの準備も着々です。
新潟まつり

◆新潟は今日も大雨。(平成29年度)

平成29年7月24日~25日 梅雨もそろそろ終盤、前線の活動も勢いづき、佐渡でも50年に一度の大雨で各地に被害がでていました。 信濃川も上流から流木がおしよせ、泥流であふれそうです。

◆ラジオ体操始まる。(平成29年度)

 学校も休み入り、地域でも子どもたちとラジオ体操が始まりました。

◆今年もやります。夏まつり(平成29年度)

 長嶺地域コミュニティ協議会主催、万代地域コミュニティ協議会共催の「コミ協夏まつり」今年も開催します!

◆防災について・・・(平成30年度)

 今年度の防災訓練(平成30年9月9日)は、昨年に引き続き長嶺コミ協と合同で行いますが、今年は小学校の生徒も参加し、より実効性のある防災訓練を予定しており、 諸問題に意欲的に取り組んでまいります。コミ協の運営にご支援、ご協力をお願いいたします。

◆おはよう朝ごはん料理講習会(平成29年度)

 朝食を良べることは大切なことです。毎日朝食を摂る子供ほど学力調査の特典が高い傾向にあります。朝食でブドウ糖をはじめとする様々な栄養素を補給して、午前中からしっかり活動できる状態をつくることが重要です。
 朝ごはんのメリットは、栄養補給だけでありません。よく噛んで食べることは、脳や消化器官を目覚めさせ、早寝早起きのリズムをつけることになります。
  平成30年2月24日
  講師:食生活改善推進委員
 東地区公民館・万代地域コミ協・長嶺地域コミ協・万代長嶺小学校PTA共催による料理講習会を行いました。
参加者:30名
献立:オムライス、ワカメのみそ汁、サラダ

◆防災訓練(平成29年度)

 参加入数万代地域14町内212人 長嶺地域16町内249入合計461名
行事内容
◆ 初期消火訓練(消火器取扱、発電機取扱)
◆ 救出救護訓練(心肺蘇生法、AED取扱)
◆ 救出救護訓練(応急手当、三角巾使用法)搬送訓練
◆ 避難所設営訓練(小学校4階まで避難)
◆ アルファ米炊き出しと配市訓練。
 中央方面隊万代分団、長嶺分団および中央消防署沼垂出張所が参加しました。

◆町名の由来あれこれ

 今から67年前の昭和26年当時、流作場の地域には、24の町内会があり、町内会の名称は、東天明町・西天明町・中天明町・神明町・ 市営アバート・居村町・初生町・万代町一・万代町二・万代町三・万代町四・万代町五・東万代町・西万代町・女学校前・大和町・駅前・宮浦町 ・春日町一東・春日町二東・春日町一西・春日町二西・鉄直局前・水島町である。(春日町一東・春日町二東・春日町一西・春日町二西・鉄直局前・水島町は現在、南万代コミュニティ協議会所属)
 当時は、各町名の上に流作場の地名を付け、新潟市流作場何々町何番地を、郵便等の宛名としていた。
 ちなみに、当時の流作場の世帯数は、3,046六世帯で、人口は14,371人である。

◆防災訓練(平成30年度)

 防災訓練参加者総数 小学校約300名、万代地区190名、長嶺地区約270名、消防署8名、消防団8名、来賓の方々

 いざ避難した時 訓練を終えて~(万代地区防連会長‥大屋 和弘)
 本年度の万代地区と長嶺地区の合同総合防災訓練を実施しました。今回は殊に、新潟市の“防災指定校“となった、万代長嶺小学校が「ばんなが防災デー」と特に指定し、休日にも拘らず、全校生徒が登校して防災について、学習や訓練を行いました。
 会場の体育館には、約700名の入が避難に参加しました。今回訓練に参加された皆さんは、参加者が多いため、自分のスペースが畳一枚も無い状況が分かったかと思います。
 災害が発生して、いさとなった時そのような狭いスペースの中で、周りを見渡したら、知り合いが見当たらす、知らない入ばかりでは不安は増すばかりです。
 日ごろから地域の行事には積極的に参加をして、避難所にて「初めまして」などと言う挨拶が無いようにしたいものです。訓練に参加しお手伝いをしていただきました皆さん、ご協力ありがとうございました。  

◆(仮称)万代・宮浦乳児保育園及び東地域保健センター建設事業

 平成32年4月からの供用開始を目指しています。

事業の概要
 ○標記の施設を旧万代小学校跡地に移転・合築し、平成32年度に開設します。
 ○万代保育園と宮浦乳児保育園の移転・統合により、定員を50人増やします。
 ○長嶺保育園は定員確保のため当分の間存続し、統合時期を検討します。
鉄筋コンクリート造地上4階建て昇降機15人乗り1台・駐車台数52台
 1・2F・・保育園。3・4F:保険福祉センター

仮称)万代・宮浦乳児保育園及び東地域保健福祉センター建設基本・実施設計業務委託に係るプロポーザル方式による設計者選定について

   問合せ:中央区健康福祉課

◆平成30年~セーフティスタッフを募集しました。(H30.05)

 高齢化が叫ばれているセーフティスタッフの窓口として新たに万代コミ協の青少年部が窓口になり、募集しましたところ11名の方が新たにセーフティスタッフに名告りをあげていただきました。
 また今後とも地域の子どもたちの安全のためにご活躍なられることを願います。

◆平成30年度総会が開かれました(H30.06.29)

 蒲原まつりの前日ですが、万代コミ協の総会が開かれました。今回数名の役員交代がございました。

◆避難所検討会が開かれました。(H30.08)

 津波を想定した避難所検討会を避難所している指定されている以下の施設で行いました。まだ机上の検討会でしかありませんが、実際の運用に支障にならない様に心がけたいと思います。
7月23日(月)午後2時 万代市民会館
8月 8日(水)午前9時 万代長嶺小学校
8月24日(金)午後1時半 宮浦中学校

避難所運営マニュアル(新潟市)

◆新潟市コミュニティ交流会が開かれました(H30.10.24)

 今年で4回目を迎えました。今回は東区が担当です。東区の巨大施設、東北区電力発電所、北越コーポレーション(旧 北越紀州製紙)、山の下閘門排水機場を各班に分け見学、新潟駅南口のアートホテルにて 北区の早通コミュニティ協議会の取り組みを考察しつつ、交流を深めました。昨年より出席団体が増えて盛会になりました。

◆文化講演会「音楽の力で健康になろう(ミュージックセラピー)」を開きました(H30.10.29)

 講師に音楽療法士の大竹孔三氏を招き「音楽の力で健康になろう」をテーマにして音楽療法体験会を開きました。

 音楽療法士 大竹孔三  広報委員会主催

 心身機能の向上・維持を目指す音楽療法の勉強会がありました。楽器の一つ一つを手にとって音を確かめみんなで一緒に奏でたりして、健康で自分らしくクラスヒントを学びました。10月29日 東新潟コミセン 参加者35名(『万代の風』32号より)

◆新潟まつり江東地区実行委員会総会(H30.11.08)

 本年度の新潟まつり江東地区実行委員会の総会が、東コミセン207号室で開かれました。丸田会長よりねぎらいのあいさつをいただき、また万代長嶺小学校渡邊校長より、最近学校の授業で新潟まつりの歴史について学ぶ機会があったとの旨を報告いただき、あわせて懇親会をひらきました。  

◆万代長嶺小学校6年生総合学習~神社めぐり・寺めぐり(H30.11上旬~中旬)

 万代長嶺小学校6年生総合学習~神社めぐり・寺めぐりで、地域の神社やお寺をめぐる学習会が開かれました。7日に三社神社(三和町)、9日に本立寺(三和町)・西尊寺徳真坊(天明町)。12日に長栄寺(長嶺町)をそれぞれ訪問し神社や寺の歴史、寺宝などを見学しました。後日学習会にて発表していただけるそうです。  

 

◆新潟市中央区コミ協交流会(H30.11.27)

 新潟市中央区の21コミ協中、9コミ協による情報交換会が新潟市民活動センター「ニコット」(新潟市中央区西堀6)にて開かれました。それぞれの地域の取り組みと課題の情報を共有し合い、 今後の取り組みの参考にしていきたいと考えます。  

新潟市市民活動支援センター「ニコット」

◆中野小路たかまろ氏の防犯漫談(H30.11.29)

 11月29日 万代地区防連主催

 万代地区防連の主催で新潟弁で語る防犯漫談がありました。警察退職後、県の防犯アドバイザーとして「特殊詐欺被害防止お笑い広報大使」中野小路たかまろ氏より漫談をしていただきました。(『万代の風』32号より)

◆万代長嶺小学校もちつき大会(H30.12.1)

 万代長嶺小学校のPTA主催のもちつき大会が開かれました。当日ははじめ曇っていましたがしばらくして快晴になりました。セーフティースタッフや地域の方が招かれ、楽しいひとときを過ごしました。  

◆セーフティスタッフ冬の帽子を配布(H30.12.上旬)

 かねてから要望のあったセーフティスタッフの冬の帽子を各員に配布しました。冬将軍が本格的にやってくる前に各員の活躍にささやかではありますが応援になればと思います。  

◆第5回エリアリノベーションセミナー&ワークショップ(H30.12.06)

  12月6日、平成30年度商店街エリアリノベーション創出事業の一環として、第5回エリアリノベーションセミナー&ワークショップを開催しました。講師には福岡県の津屋崎ブランチ代表山□覚氏を招聘し、移住者と元からの住民とが協力した、まちおこし活動についての講演を聞いた後、参加者で対話を目的としたワークショッフを行いました。
   T.Base天本浩未(『万代の風』32号より)

◆歳末助け合い(H30.12)

 12月末 福祉部会・民生委員・児童委員 本多 功
年末に友愛事業の歳末助け合い事業として、希望されるお宅におせち料理を届けました。
当地区では民生委員、児童委員が主体的にお手伝いをしています。
中央区社会福祉協議会の一つで、70歳以上の1人暮らしお宅に、安否確認の為、定期的に月1回訪問。乳酸菌飲料の配布をする事業です。(『万代の風』32号より)

◆育成協 年末街頭キャンペーン(H30.12.15)

 宮浦中学校校区育成協議会の街頭育成部による年末街頭キャンペーンが新潟駅周辺を中心として行われました。宮浦中学校・万代長嶺小学校・南万代小学校・紫竹山小学校の それぞれの校区に住まう方々、PTA、セーフティスタッフのみなさまの協力により「いじめ防止・歩きスマホ禁止」などのチラシと寒さ対策のカイロを配布いたしました。御協力 いただいた皆様に感謝申し上げます。

 

◆新潟市、万代テラスのライトアップイルミネーションを来年2月まで延長

 万代テラスのライトアップイルミネーション(対岸からしか見えませんが)を新潟市は来年2月まで延長することを発表しました。  

 

↑ YouTube動画で見る

 

万代テラス:ライトアップイルミネーション

◆新潟市主催 新潟駅前地区環境健全化パトロール(H30.12.21)

 新潟県警が行う年末特別警戒に合わせて新潟市主催の新潟駅前地区環境健全化パトロールが新潟駅周辺を中心として行われました。(古町地区でも行われました。) 当日は連休前ということもあり非常に人通りが多く、ごった返しでしたが、万代コミ協、南万代コミ協、防連、東大通り1丁目町内会と連携してパトロールをいたしました。

 

◆万代長嶺小学校の桜が咲きました(H31.03)

 地域の方々が卒業生のために植えた万代長嶺小学校の河津桜が咲きました。例年よりかなり早かったので、卒業式までもつか逆に心配です。

 

◆江東地域研修会(H31.03.07)

 新潟市江東地域の4コミ協による研修会が中央区の東公民館で開かれ、参加者と共に振り込み詐欺防止の寸劇など新潟県警生活安全課の鈴木巡査による講演と市の下水道課による洪水対策に対する勉強会が開かれました。

 

◆万代長嶺小学校お楽しみ会(H31.03.10)

 平成31年3月10日、この春に入学する新1年生と卒業する6年生を祝うお楽しみ会が万代長嶺小学校で開かれました。第1部の一部卒業生を含む宮浦中学校の合唱部(1・2年生)による演奏をYouTubeにて公開しました。(長嶺コミ協との共催)  

 

↑ YouTube動画で見る

◆新年度 最初の役員会(H31.04.16)

 年号も平成最後の31年になりましたが、最初の役員会が開かれ、新元号の来月20日に理事会を、30日に総会を開くことが決定しました。

◆祝 令和(R01.05)

 元号が令和に変わりましたが、これからも地域のために尽くして参りますので応援よろしくお願い申し上げます。

◆令和元年度 理事会(R01.05.20)

 元号も変わり、令和元年度の理事会が開かれました。

 

◆宮浦中学校区青少年育成協議会総会(R01.05.29)

 宮浦中学校区の青少年育成協議会の総会が宮浦中学校多目的室にて行われました。

 

◆令和元年度 総会(R01.05.30)

 令和元年度、総会が東コミセン207号室で開かれ、理事をはじめ関係諸団体から出席をいただき、決算報告並び事業予算が決定されました。また河岸を変えて懇親会が開かれました。

 

       

◆スポーツ振興会総会(R01.06.06)

 スポーツ振興会の総会が新潟駅前プラスサードにて行われ、昨年度の事業報告、今年度の事業計画が承認されました。

 

◆新潟地震防災メール(R01.06.12)

 6月12日は新潟地震の日です。それに併せて正午に一斉エリアメールが流され、防災意識を促すメッセージが流されました。大規模施設にいた人は突然の警報音に結構パニックになったそうです。

 

◆山形県沖地震発生(R01.06.18)

 令和元年6月18日午後10時22分、スマホの地震速報メールが家中を鳴り響かせました。1~2秒後、強烈な縦揺れが続き、山形県沖地震速報が流され、地域の防災担当者が津波注意報発令の元避難を呼びかけました。 しかし近隣の万代長嶺小学校、宮浦中学校、万代市民会館等に避難した人は全体の10%にも届かず、まだまだ防災意識が浸透していないと気づかされました。万代長嶺小学校ではエレベーターが緊急停止したため使えず、足の不自由な高齢者の避難に課題を残しました。

 

 

新潟市危機管理防災課の対応報告書

◆蒲原まつり準備(R01.06.29)

 今年も蒲原祭りの季節がやってきました。巡視詰め所の準備をするもあいにくの雨で、大変な準備作業でした。

 

 

蒲原まつり(公式)

◆蒲原まつり巡視(R01.06.30-07.02)

 6月30日こそ雨に当たられましたが、三日間で、土日に中ったこともあり結構な人出でした。宮浦中学校育成協議会、関係育成協議会、関係小中学校PTAのみなさま、巡視お疲れ様でした。

 

◆保護司会-社明運動(R01.07.01)

 7月1日、恒例の新潟中央地区保護司会主催「社会を明るくする運動」が新潟市中央区の古町通でおこなわれました。新潟県警音楽隊による演奏も行われ結構な人出がありました。

 

 

↑ YouTube動画で見る「新潟県警音楽隊の演奏」

◆青少年部サマーキャンプ(R01.07.07)

 7月7日、七夕の快晴の元、長岡越後丘陵公園にて長嶺コミ協と共催のサマーキャンプが開催され、多くの地域の方から参加を頂きました。

 

◆定例三役会(R01.07.16)

 7月16日、定例三役会が開かれ、先日の山形県沖地震の津波対策、及び新潟市の地震対応について話し合いが行われました。また道路脇の花壇の活用について情報交換がありました。

 

 

◆蒲原まつり反省会(R01.07.20)

 関係8育成協議会による蒲原祭りの反省会が新潟駅前まる松にて行われました。

 

◆宮浦中学校側溝清掃(R01.07.20)

 7月20日早朝、宮浦中学校にてPTA主催の側溝清掃活動が行われました。PTAを中心に生徒又地域の方からも参加がありました。

 

◆萬代橋清掃(R01.07.22)

 7月22日、万代長嶺小学校4年生と合同で萬代橋を愛する会のメンバーとともに清掃活動が行われました。

 

 

 

◆信濃川清掃(R01.07.28)

 7月28日に予定されていた信濃川を愛する会主催の清掃活動は、台風6号(ナーリー)接近に伴い、中止となりました。

◆クリーン作戦(R01.08.04)

 8月4日早朝、各小学校区でクリーン作戦が行われました。毎月何らかのクリーン作戦が行われているようですがそれでもゴミは結構出るんですね。

 

◆新潟まつり~民謡流し(R01.08.09)

 今年も新潟まつりの季節がやってきました。万代町通りでは新潟甚句と、そろそろ板についてきた佐渡おけさが流され優雅な舞にまつりのひとときを楽しみました。

 

 

新潟まつり(公式)

◆新潟まつり~川村奉行行列・こどもみこし(R01.08.10)

 8月10日新潟まつり二日目。萬代橋を渡る、川村奉行行列とこども神輿が行われました。非常に高温の中、皆様お疲れ様でした。

 

◆沼垂まつり(R01.08.16)

 8月16日、お盆の終わりに沼垂まつりが執り行われ地域の参加、また当コミ協より来賓として招待されました。

 

 

↑ YouTube動画で見る「献額灯籠」  

↑ YouTube動画で見る「沼垂木遣」  

沼垂まつりFacebook  

沼垂テラス商店街(協賛)  

沼垂ビール(協賛)

◆コミ協夏祭り(R01.08.25) @東公園

 8月25日、長嶺コミ協主催(万代コミ協共催)のコミ協夏まつりが東公園で開かれました。当日は少し薄曇りでしたが穏やかな日差しでした。 万代太鼓和童さんによる演奏が場を盛り上げてくれました。

 

◆万代地域震災津波避難経路地域懇談会(R01.09.03)

 9月3日、震災津波による万代地域の避難所の確認と避難誘導について検討会が開かれました。先日の山形県沖地震の津波避難の誘導が適切に行われたかを 確認し合い、万代長嶺小学校や宮浦中学校、東コミセンなどの施設にどう人を誘導するかを白地図を元に検討していきました。

 

◆フラワープランター活用について(R01.09.03)

 9月3日、万代町通りに設置しているフラワープランターを最近財政難を理由に新潟市が活用していない現実を踏まえ、明治生命の有志数人が 万代町通りを少しでも華やぎしたいと申し出ていただきました。これについて万代コミ協との話し合いの場が持たれました。

 

◆宮浦中学校区地域健全育成懇談会(R01.09.11)

 9月11日、宮浦中学校地域の健全育成懇談会が、宮浦中学校で行われました。関係学校、関係地域民生委員、同地域保護司により、この夏休みの間の 学校生の指導の在り方について情報交換を行いました

 

◆定例役員会・APAホテル&マンション建設事前説明会(R01.09.17)

 9月17日、定例の役員会と、万代5丁目(万代町通りと東大通り交差点北側角)に計画されているAPAホテル&マンションについて地域住民説明会 (令和元年10月5日に予定)をうけて、事前説明会がありました。APA側から3人(地域担当・本社派遣役員・設計事務所)こられ、 建設概要などの説明をいただきました。避難備蓄庫が設計段階で地下と一階に備えられているのは、平成11年の水害の状況から無謀ではないかという意見が出され 検討するとの回答をいただきました。工事業者はまだ設定されていないそうですが、令和二年2月より工事が開始されるとのことです。

 

◆フラワーパートナー事業説明会(R01.09.19)

 9月19日、新潟市の公園水辺課が計画している「フラワーパートナー事業」について、中央区建設課、東出張所職員、新潟市土木事務所公園水辺課職員を 交えて、地域教育コーディネーターとコミ協役員による懇談会が新潟市中央区東出張所にて行われました。財政難を理由にフラワープランターの管理を放棄している 新潟市に地元からきつい叱責がありましたが、地域に事前説明がないパートナー事業になかなか賛同が得られない状況にあります。今後は地域と懇談しながら フラワープランターについての協議を行うことで合意しました。

 

 

新潟市フラワーパートナー事業  

新潟市道路アダプトプログラム  

現在の東大通り側のプランターの様子(フラワーパートナー事業策定地域)

 

現在の万代町通り側のプランターの様子

◆自主避難防災訓練(R01.09.29)@万代長嶺小学校

 9月25日、万代地域防連と長嶺地域自主防災会、万代長嶺小学校とで今年で2年目となる合同防災訓練がありました。昨年に増して多くの参加者から 参加いただきました。AEDを使った心肺蘇生訓練、物干し竿と毛布を使った簡易タンカ作成訓練、新聞紙とラップを使った簡易包帯訓練、簡易ベッド、消化器訓練、 煙避難体験、車椅子初動訓練など皆真剣に災害救助について学びました。

 

 

 

 

 

▼アニメーションPNG(APNG)を使用しています。ブラウザによって再生されない場合があります。

 

簡易タンカの作り方

 

簡易包帯訓練

 

お土産:アルファ米の弁当と水、ラップ

 

◆地域コミュニティの衰退に危惧の念!!(H31.06)

万代地域コミュニティ協議会副部長・防災部会長 大屋和広

 新年度を迎え、各自治会でも新役員での活動が始まりました。自治会はコミュニティの中心的存在です。その自治会では最近同じ人に役員が固定化しないように任期が1から2年での順番制の短期自治会役員で活動をしている自治会も増えてきました。自治会の役員の担い手不足という課題は、そのままコミ協の課題にもつながっています。この課題は全国的でもあり『地域コミュニティの衰退化』が進んでいるようです。やはり人口の減少や高齢化社会が地域運営を困難にしているのでしょうか。地域コミュニティが衰退し始めるといろいろな場面で影響が出てきます。その一つが防災です。
 平成7年発生した阪神・淡路大震災では、倒壊した家屋等に閉じ込められながらも救出された人々の多くが家族や地域住民による救助でした。防災部会では、防災意識の向上と地域のつながりを考え、毎年「総合防災訓練」を実施しています。去年は万代長嶺小学校の「ばんなが防災デー」と合わせて実施しました。参加者は800人をこえ、毎年参加することにより地域のつながりになることと思います今年の総合防災訓練は9月29日(日)です。
 訓練内容はAEDの使い方、心肺蘇生法、初期消火訓練、搬送、応急手当訓練、災害時避難行動要支援者への協力(車いすの正しい使い方)、炊き出し訓練等です。正しい知識を身につければ、日常生活にもきっと役に立つ訓練内容があると思います。
 流作場地域では最近大きな災害が発生しておらず、皆さんの防災意識が薄れていませんか?
 日本は災害の多い国です。「災害は忘れたころにやってくる。」この言葉を思い出し、ご近所でまだ参加をしたことがない方がいましたら、誘い合って多くの方に参加していただきたいと思います。地域の皆様のご理解と、ご協力をよろしくお願いいたします。(「万代の風」33号より)  

◆新たな年をむかえて(H31.01)

 万代地域コミュニティ協議会 副会長:竹石三伸

 コミ協って?

 あけましておめでとうございます。日頃よりご支援ご協力を賜りましてこの紙面をお借りして厚く御礼申し上けます。
 ところでコミ協(地域コミュニティ協議会)とはなにか?コミ協は新潟市が政令指定都市になったと同時にできた制度。実は何も知らすにこの組織の中に入れられてしまい、何が何だか全くわからないまま今に至っている・・・と言うのが本音です。
 皆様のおかげでなんとか支えられて様々な活動を行っております。実はこの「皆様に支えられて」というのが本当のコミ協の仕事なんだ!。ということを理解致しました。巷間、「行政の下請」とか、いわれますが、確かにそういう面もあります。しかし実際は 「共助」の組織。「自治会レベルでは対応が難しい問題」とか「複数の自治会を跨ぐ問題」などの調整などを行っております。
 行政が望む本来の「コミ協」の姿とは若干の違いがあるとは思いますが、地域に根をはった組織でありたいと、丸田会長の思いを伝えるべく活勤しております。
 今後とも変わらないご協力を賜りたくよろしくお願い致します。加えまして、昨今の自治会の役員の「参加者不足」が深刻な問題となっております。自治会もコミ協も同じ「自治組織」なので自分たちが治めなければいけません。多数のための一人(代表)ではなく、一人(リーダー)を多数で支えて行く組織。それが自治会であり、コミ協なのてす。
 今後とも活動を続けていくために皆様の参加を心よりお待ち致しております。最後になりますが本年も皆様の健康とご多幸を祈念申し上げます。(『万代の風』32号より)







◇ 地域の課題

新潟市全般にいえることですが、空き家率が高いのも課題の一つです。

新潟市HPより

新潟市の土地家屋統計調査に寄れば、中央区は16%、 同じく万代地区も16%で、中央区のそれを物語っているといえるでしょう。生活実感としてもっとあるような気もしますが・・・。
 (万代コミ協だより 23号より抜粋)

【周辺大規模工事】栗の木道路と紫竹山インターチェンジ改良工事

新潟国道事務所「みちナビ」より

みちナビによれば、栗の木バイパスとJRの交差付近より紫竹山ICに到る 高架道路ができるそうですが・・・。

【周辺大規模工事】新潟駅高架化および新潟駅周辺工事

東洋経済ONLINEより

東京経済オンラインによれば、新潟駅周辺事業は2021年度全面開業を目指しているようです が・・・。

新潟市HP現在の状況
新潟市HP駅前広場
新潟市HP新潟駅付近連続立体交差

更新履歴


更新は予告なく随時行っております

2017/05/16

ホームページをパララックスデザインにリニューアルしました。

2019/05/30

平成31年度/令和元年度総会を開催します。

2017/10/23

HP管理を広報部から青少年部へ移管しました。

2018/06/29

平成30年度総会を開催します。

2018/10/25

ホームページを移転しました。